「好きなものをさかのぼって」

山川 香織(名古屋芸術大学 芸術学部 非常勤講師 / 東海学園大学 心理学部 助教)

お盆を過ぎると街のショーウィンドウは一斉に秋に向けて準備を始めます。服屋さんには秋物が並び始め、半袖やリネンに飽きた人たちが、ニットやウールに思いを馳せて集まってきます。これはいい、これは違うと言いながら思い思いにお気に入りの一着を選ぶのです。服に限らず、好みというのは人によってさまざまです。華やかな装飾も、ある人から見れば野暮にも見えるのでしょう。この違いを人それぞれだからねと片付けてしまうのも味気ないので、なぜ好みに違いが生まれるのかを心の側面から考えてみようと思います。

 

私たちは、あらゆる物や人、状況に対して、自分にとって好ましいかどうか、つまり価値があるかを瞬時に評価しているといわれています。使いやすさや美しさ、過ごしやすさなど、程度の差こそあれ、何かしらの評価が伴っているのです。そして価値があると評価されると、それを積極的に求めるようになります。一方、価値がないと評価されると、それを回避するようになります。使いやすい製品だと感じれば、それをまた購入するでしょうし、雰囲気の悪いお店だなと感じれば、足が遠のきますよね。好みというのは、この繰り返しによって形成されていくと言われています。

 

しかし、一度良いと評価された対象が以前と同じように良いとは限りません。なぜなら、世の中も自分自身も変化していくからです。去年はお気に入りだった服が、今年はなんだかいまいちだなということありますよね。流行遅れになったのかもしれないし、はたまたサイズが合わなくなってしまったのかもしれません。同じものであっても去年と同じ気持ちで良さを感じることはできないのです。そうすると、去年と違うコーディネートで着てみよう、痩せるまで着ないでおこうなどといって、今の状況に合わせて評価が更新されるのです。

 

おもしろいことに、私たちはどれだけ自分にとって価値のあるものとわかっていても、常に同じ選択を繰り返すということができません。たまには違うお店に行ってみようかな、似合わないと思っていた色を試してみようかな、なんて新しいことにふと興味がでてきます。私たちの心は、単調さに不安を感じ、新たな刺激を求めて未知のものに挑戦するようにできているのです。この心の働きは、私たち人間が生きていく上で重要な役割を担っています。同じ選択を繰り返すことは、安全かつ確実ですが、新たに生まれたより良い選択肢にも気づくことができません。新しいことに目を向けるということは、どれが最良かを考え続けている証ともいえます。このように私たちはときに新たな刺激を求めることによって、今までの価値を180度変えるような新しい発見を得たり、逆にいつもの良さを再確認したりと、自らの価値観をブラッシュアップしているのです。

 

なぜ好みに違いが生まれるのか、それは異なる経験をしてきたからに他なりません。つい今好きなものにとらわれてしまいがちですが、なにを見て、なにに感動してきたのか、積み重ねられた経験にこそ、その人の個性を生み出すルーツが隠れているのです。そして、これから目にするもの、感じることは全て、たとえそれがあなたの趣味とは違うことであっても、あなたの感性の糧になるはずなのです。あなたの好きなものをさかのぼって、年表を作ってみるのも面白いかもしれませんね。