絵本とリテラシー4 「絵本の中のたべもの」

早川知江

食いしん坊で、食べることが大好きです。

 

でも、実際に食べられるたべものより、物語や絵本の中にでてくるたべもののほうが、ずっと魅力的でおいしそうに感じるのはなぜでしょうか。そう感じているのが私だけでないことは、小説家の江國香織さんの文章からも分かります:

 

子供のころに読んだ外国の物語のなかには、知らないたべものがいろいろでてきた。ヨークシャー・プディングとかつぐみパイとか、リコリス・キャンディとかクランペットとか。わからなくても――というより、わからないからこそ勝手に妄想をふくらませて――、味や匂いや色や形状、そのたべものの持つ気配を十分に味わうことができたし、それらはとても「いいもの」、自分のまわりにある実際のたべものとは位相が違う、「輝かしくおいしいに違いないもの」だった。

 

この文章は、江國さんの、たべものに関する楽しいエッセイが詰まった『やわらかなレタス』(文春文庫、2013年)からとらせていただきました。

 

小さい頃の私にとって、こうした夢のようなたべものが次々と出てくるお気に入りの本(正確には絵本ではありませんが)は、ルイス・キャロルの『不思議の国のアリス』でした。チェリー・パイ、プディング、焼いた七面鳥、タフィー、バタつきパン、ハートの女王様が焼くタルト・・・。どれも、私の日常にはない、夢の国のごちそうでした。侯爵夫人の意地悪な料理女がつくる「胡椒を入れすぎ」のスープでさえ、スープ鍋の中で、すばらしく良い香りをさせて、トロリとおいしそうに煮えているように思えました。

 

これらのたべものの大半は、いったいどんなものなのか私には見当もつきませんでした。田舎の、それほど食通でもない家庭で育った私にとって、食べたことがある、あるいは見たことがある食材は、極めて限られていたからです。

 

かといって、私はそれらのたべものについて、辞典なり料理図鑑なりで調べてみようなどとは、一度も思いませんでした(今のように、スマホでなんでも一瞬で検索できる時代ではありませんでしたし、スマホがあったとしても、やはり同じことだったと思います)。江國さんの言うとおり、それらは「わからないからこそ勝手に妄想をふくらませて」楽しむものであり、それが「現実に」どんなものかなどということは、私はちっとも興味がなかったのです。そして、知らなくても、そのものの「味や匂いや色や形状、そのたべものの持つ気配」は、くっきりと味わうことができました。

 

もし少しでも調べていたら(あるいは物識りな友達に聞いていたら)、「バタつきパン」というのが、生(き)の、つまりトーストしない食パンにバターを塗ったものだということが分かったでしょう。でも私は長いこと、薄く切ったパンをこんがり焼いて、熱々のうちに、たっぷりと染み込むほどにバターを塗ったものこそがバタつきパンだと信じていました。正体(?)が分かった今でも、私にとってバタつきパンは、黄金色にカリッと焼けた、溶けたバタ(決して「バター」ではない)から湯気の立つ、この世で一番おいしいはずのたべものの一つです。いうまでもないことですが、「バタつきパン」をおいしくしているのは、知識ではなく想像力だからです。

 

ほかにも、絵本の中は、子どもたちが想像力で味わうたべものがいっぱいです。ぐりとぐらが焼くカステラは、本物のどのカステラよりも柔らかくていい匂いがします(あの、ふたりがフライパンのふたを開けるシーンのカステラの色!うっすらと引かれた茶色の線だけで、カステラのふっくらした焼け具合が分かります)。はらぺこあおむしが食べるイチゴやリンゴは、現実の食卓にのぼるものより、ずっと甘くて新鮮で、より「赤い」気がします。しろくまちゃんが、「ぽたぁん」と生地を落として焼いたホットケーキよりおいしいホットケーキを、私はまだ食べたことがありません。

 

スマホの画像検索で「分かった」つもりになるのも時には役立ちますし、実物を見たり食べたりするのももちろん大事な経験です。でも、想像の世界で食べたたべもの、想像の世界で経験したものごとは、確かに私の「栄養」となり、私の世界を豊かにしてくれました。

 

小さなころ憧れていたたべものが、簡単に手に入ってしまう時代になりました。きっと現代の子どもたちは、とても豊かな食生活を送っているのでしょう。でも、彼らが食べたそのたべものは、私が想像の中で味わったものよりおいしいでしょうか?本のページに書かれたわずかな文章や絵を手掛かりに、自分の想像力と五感をつかってものごとを味わう力も、ぜひなくしてほしくないと思っています。

 

ちなみに写真は、絵本に登場するたべものを再現したレシピを集めた雑誌『絵本からうまれたおいしいレシピ』(宝島社)の表紙です。これも、見ているだけで楽しい気持ちになれる本です。そのレシピを「実際に」つくったりは、私はやっぱりしないのですけどね。