絵本とリテラシー5 「うそっこ」としてのつじつま

早川知江

好きな絵本は、何度でも繰り返し読んでしまいます。

小さな子どもが、お気に入りの絵本を片手に「もう一回、もう一回」とせがんでは、「もう何回も読んだでしょ」とおかあさんに叱られている気持ち、すごくよく分かります。

絵本の醍醐味は、何といっても、好きな時に、好きな速さで、何度でも読めること。単に「絵のついたお話」だったら、テレビでも映画でもネット上のアニメ映像でもいいのです。でも、絵本がそれらの映像メディアに負けない魅力を持っているのは、瞬時に消えていってしまう映像に対し、自分の手でページをめくることで進行するメディアだから。心ゆくまで存分に時間をかけてお話を味わい、絵を端から端まで眺めてから、おもむろに次のページに進む。時には飛ばしたり、戻ったり、お気に入りの箇所だけ繰り返し読んだり、思いのままです。

では、そんなに何度も、時間をかけて、いったい何を見ているのかと言われると、少なくとも私の場合は、「おはなしの世界のなりたちを確かめている」としか言いようがありません。主人公の暮らすおうちの中はどうなっているのか、どんなお部屋で、どんな暮らしをしているのか。それらをくまなく眺め、描かれていない部分は自分で想像し、その世界での生活を「体験」しているのです。そのときに、その世界に「つじつま」のあわない部分を見つけると、途端にがっかりしてしまいます。例えば、同じ部屋なのに家具の形が違う箇所があったり。場面によって家の間取りに齟齬があったり。ひどい時には、主人公の服の色がページによって違ったり。

子どもはそんなこと気にしないよ、と言う人がいますが、それは大きな間違いです。かつて絵本が好きな子どもであり、長じてすぐれた絵本を生みだす作家や編集者になった人々は、口を揃えて、絵本の中の「つじつま」の大切さを説きます。児童文学者で、絵本の名訳でも知られる瀬田貞二氏は、子どもがいかに絵の中の矛盾を目ざとく見つけるか実例を挙げ、「子どもたちはじつにくわしくながめ、くわしく「ほんとうでない」ことを指摘します」(『絵本論―瀬田貞二 子どもの本評論集―』福音館書店 1985年)と述べます。ベストセラー絵本『ぐりとぐら』の作者である中川李枝子さんは、自身の思い出をふまえ、「私は見なれた絵本の、絵の裏側を飽きずに想像しました [中略]。ですから、絵はきちんと描けていないと困ります。お子様向けのつもりなのか頭でっかちにゆがめられたり、にぎやかに色づけされたり、ぼかされたりすると、想像できなくてつまりません。ちゃんとした絵が好きでした。幼い子どもはみなそうだと思います」(『本・子ども・絵本』大和書房 2013年新版)と言います。保育士として、子どもたちと一緒に数多くの絵本を楽しんできた中村柾子さんは、「よくできている物語は、どんなに大きなほらを吹いても、うそっことしてちゃんとつじつまが合っています」(『絵本の本』福音館書店 2009年)と指摘します。それが守れない「子どもだまし」の作品に、子どもは決してだまされないものです。

では具体的に、「うそっことしてちゃんとつじつまが合って」いるとは、どういうことでしょうか。小さい頃の私のお気に入りの絵本に、わかやまけんさんの『しろくまちゃんのほっとけーき』があります。これが見事に、最初から最後まで完全に「つじつま」があっているのです。

このおはなしが「うそっこ」であることは間違いありません。現実世界では、白熊がエプロンをつけてホットケーキを焼いたりはしませんから(そもそも熊はホットケーキを食べるのでしょうか?)。絵本の世界では、こんな「うそっこ」は何の問題にもなりません。大切なのは、その「うそっこ」を、いかに緻密で破綻のない「うそっこ」にするかです。

最初にしろくまちゃんが、おかあさんと一緒に道具を揃えます。フライパン、ボウル、ヘラ、青いお皿と緑のお皿。ホットケーキ作り全体を通じて、最初に登場したこの道具だけが使われます。どのページを見ても、「ここでしろくまちゃんが使っているボウルは、最初のページで見た、あのオレンジ色のボウルなんだな」という「つながり」が感じられます。途中で急に見たことのない道具が出てきたら、おはなしとしてのリアリティは台無しです。材料にしても同じです。しろくまちゃんが冷蔵庫を開けて卵を取りだす場面があります。次のページで卵を割る時に、ボウルの隣に牛乳瓶が置いてありますが、この牛乳瓶も突然どこからともなく現れたわけではありません。冷蔵庫を開けるシーンで、扉の内側にちゃんと同じ瓶が並んでいたことを、よく見る子どもは知っています。ホットケーキに入れるこの牛乳は、元々は台所の冷蔵庫に入っていたあの牛乳、ということが辿れる。そうした「つじつま」によって、子どもたちはしろくまちゃんと一緒にホットケーキを作る過程をリアルに体験できるのです。「しろくまちゃんが まぜます/こむぎこ おさとう ふくらしこ」と書かれたページに、ちゃんと粉が入った大中小3つの容れ物が描いてあるのも大事です。大きな容器は小麦粉、中くらいの容器はお砂糖、小さな容器はふくらし粉、と、ちゃんと指差し確認(?)しながら安心して読み進んでいくことができます。

「出所」の分かっている材料で作られたホットケーキの、おいしそうなこと!絵をよく見れば、しろくまちゃんが2切れ食べる間に、こぐまちゃんが5切れ食べたことも分かるし、たくさん食べるだけあって、こぐまちゃんのコップの方がたくさん水が減っていることも手に取るように分かります。

こんなふうに、細かなつながりが精緻に織り合わさってつくられる一つの完成した世界、それが絵本なのです。

1つだけ残念なのは、おかあさんがホットケーキを運ぶお皿が緑色ではないことでしょうか。4枚重なったホットケーキから、青いお皿に2枚、こぐまちゃんの分を取り分けたとすると、最初から、しろくまちゃんがホットケーキを食べる緑のお皿に盛って運んでくればよかったのではないでしょうか?ここはあえて、わかやまさんが着彩を間違えたのではなく、「おかあさんが手際が悪くて、1枚余分にお皿を使ってしまった」ことにしておきましょう。どうしてわざわざ、フライパンから取りだした時に盛った皿から移し替えたのかは分かりませんが。

おかあさんだって、ぼんやりしている時はあるのです。