絵本とリテラシー6「字のない絵本:絵を「読む」ということ」

早川知江

これまでのエッセイでは、「絵本とリテラシー」と称して絵本のさまざまな技法を取り上げ、それらを意識することで絵本を読む楽しみが何倍にも膨らむことを見てきました。例えば、絵本に仕掛けられたちょっとした「いたずら」を探す楽しみ(「絵の中のいたずら」)、文と挿絵のギャップが新しい意味を生む面白さ(「絵と文の意味のズレ」)、絵の向こうにある一貫した世界を探検する喜び(「「うそっこ」としてのつじつま」)などなど。

 

これらは結局のところすべて、「絵本はせっかく「絵の本」なのだから、もうちょっと絵をよく見てみようよ」ということにすぎません。しごく単純であたりまえのことですが、それでいて実際、絵本を読むときに文章しか読まない人が(特に大人の読者に)多いことに、時々がっかりしてしまいます。

 

それはともかく、絵本が「絵の本」である究極の形として、字のない絵本(すなわち絵だけで描かれた絵本)があります。The Snowmanなどが有名かと思いますが、今回紹介したいのは、ストーリーさえもなく、純粋に「絵を見る」ことだけを目的とした作品、LITTLE EYESシリーズです。デザイナーで、グラフィック作品の他に多くの知育玩具なども手がけている駒形克己さんの作品です。通常の本と異なるカード絵本で、箱を開けると、三つ折りになったカードが10数枚入っています。それぞれのカードを開いていくと、順に3つの絵柄が現れる。それだけのことです。それだけのことなのに、現れる絵柄の鮮やかさ、意外さ、美しさに、夢中になってしまうのです。

 

シリーズ2番目の作品、MEET COLORSを見てみましょう。三つ折りカードの表には、円(まる)・三角・四角などの穴が1つ空いていて、そこから下のページに印刷された色が覗いて見えます。円い穴からは、当然、円く切りとられた赤色が見えます。最初のページをめくってみましょう。すると、(最初穴から見えていた)赤色だけでなく、その周りに、黄色、緑の鮮やかな同心円がひろがります。その同心円の中心の赤い円も、実は穴になっていて、一番下のページの赤色が見えているのです。さて、最後のページはどうなっているでしょう?めくってみると、すごい迫力!紙一面の鮮やかな黄色の中心に、真っ赤な日の丸がくっきり浮かんでいます。

 

同じような仕組みで、他のカードも、めくるたびに予想もしなかった形・色が現れ、何度読んでも(=見ても)びっくりしてしまうのです。40過ぎたおばさんが(私のことですが)、「あら」とか「おおー」とか言いながら、何回でも飽きずにめくって楽しめるのだから、世界を知りはじめたばかりの小さな子どもたちは、どれほど喜ぶことでしょうか。

 

さて、このような絵本は、「読む」というのでしょうか、単に「見る」というのでしょうか? 先ほどはつい、「ストーリーのない、純粋に絵を見ることを目的とした絵本」と書いてしまいました。確かに、この単純な幾何学図形と塗りつぶされた色の連続を、普通は物語とは呼ばないでしょう。そして多くの人にとって、「読む」とは、「文字で書かれたことばを読む」ことを指します。

 

それでも私はやはり、この小さな三つ折りカードの1つ1つは、3場面の小さな(しかも驚きに満ちた)ストーリーだと思うのです。私が子どもにこの絵本を読み聞かせるとしたら、きっとこんなふうになるでしょう。「あっ、小さい三角さんがいるね。こっち側(=左)を向いてるね。どうするのかな?(めくる)あれっ、三角さん、反対向いちゃったね!さっきより大きくなってるよ。周りも真っ赤っかだよー、すごいねー。次はどうなるのかな?見てみようか。(めくる)うわーっ!すごい大きくなっちゃった!!」というように(実際には、こんなことを一人、脳内で延々とやっているわけですが)。そしてそのうちに、なんだか嬉しくなってしまうのです。

 

この絵本にことばはありません。それでも、「それで次はどうなるの?」という、物語のいちばん基本となる楽しみがあります。そして、その展開を追いかけるとき、私たちは、色を、形を、その組み合わせを、そしてそれらの変化を、まさに「読みとって」いるのです。そこには、ことばと同じような「意味」はありません。でも、色と形を、そのつながりと変化とをたどる興奮と喜びがあります。それを自分で見つけだすのも、「読む」ことにほかなりません。

 

ことば以外のものも、このように読んで楽しむことができます。ことばでも絵でも、そしてその組み合わせでも、あらゆる方法で私たちを楽しませてくれる絵本は、ほんとうに無限の可能性をもったメディアだと思います。