絵本とリテラシー7「仕掛け絵本:絵本は本かモノか」

早川知江

アントワーヌ・ギヨペ著『月夜の森で』(部分)

絵本の人気のジャンルとして「仕掛け絵本」というものがある。

例えば、飛び出す絵本(ポップアップ絵本)。ページの間に巧妙に紙が折り畳まれていて、ページを開くとお城やら恐竜やらがバーンと立ち上がるやつ。

私は昔、なぜかこの手の仕掛け絵本が好きではなかった。好きではないというか、「そんなにスゴくない」と根拠もなく思っていた。

 

それは、私が絵本に出会うのが遅かったせいかもしれない。小さい頃、家には仕掛け絵本も含め、絵本というものが乏しかったので、子どもの頃の私の遊び場は、主に普通の(要するに字ばっかりの)本の中だった。そしてそこで、文章だけで世界を冒険することを学んだ。それはとてもスリリングな遊びだった。紙に綴られたことばをたどるだけで、見たことのない景色が見え、森の匂いや水の冷たさを感じ、自分とは別の人生を「体験」できた。このように、平面上で世界のすべてを味わえること、それこそが読書の醍醐味であり、本のスゴさだと思っていた。

 

のちに大人になってから絵本に出会い、その面白さに虜になってからも、私にとっての絵本はあくまで「平面作品」であり、そこに記された文と絵のみで楽しませるのが作者の腕の見せどころだと思っていた。

だから、本と思いきやいきなり立体が飛び出しちゃったりする仕掛け絵本は、私の中では「ちょっと反則」という位置付けだったのだ。

 

しかし、多くの優れた仕掛け絵本に出会ううち、その認識は徐々に変わってきた。以前は「本なんだから平面で勝負しろ」くらいに思っていたが、考えてみると、読書は別に勝負じゃないんだから、楽しければそれでいいのだ。そういうオオラカな気持ちで見てみると、ますます魅力的な仕掛け絵本が世の中にはたくさんあることに気づかされる。

 

最近出会った素晴らしい仕掛け絵本として、シルエットブックス著の『モーションシルエット:かげからうまれる物語』がある。これもポップアップ絵本の一種だが、特徴的なのは、飛び出す仕掛けそのものではなく、その飛び出した部分の「影」を楽しむ絵本ということだ。ことばで説明するのは難しいが、要するに見開きの真ん中(いわゆる「のど」の部分)から汽車や鳥などの切り絵が飛び出していて、その部分にライトを当てると、右または左のページに落ちた影が、ページにもともと刷られているイラストと融合して、幻想的な絵を完成させる。ドイツ・エディトリアルデザイン財団主催の「世界で最も美しい本コンクール」で銅賞も受賞している。

 

もう一つ、この『モーションシルエット』との関連でぜひ紹介しておきたいのが、アントワーヌ・ギヨペ著の『月夜の森で』だ。この絵本は、厳密には仕掛け絵本ではなく切り絵絵本で、満月の夜の森とそこに潜む動物たちの姿が、繊細なレーザーカットで切り抜かれている。

月の光と夜の闇とを白と黒だけで表わしたこの作品は、その神秘的な絵柄や緻密なカットワークを眺めているだけでも溜息が出るほど素敵なのだが、最近、『モーションシルエット』からの類推で、さらなる楽しみ方を発見してしまった。それは、葉の一枚一枚が丁寧に切り抜かれたページを持ち上げてライトに透かし、下のページに葉影を落とすことである。そこに現れる、幻想的なシルエット。夜の公園で、水銀灯に照らされた樹の枝や葉が地面に落とす影を見たときの、心がザワザワするような喜び(なんか変質者みたいだ)とそっくりのものが、紙の上に浮かび上がる。

 

これらの仕掛け絵本は、いったい「本」なのか「モノ」なのか。

平面上のことばや絵のみから意味を読み取るのではなく、紙という物質そのものの形や素材や影を楽しむという意味では、限りなく「モノ」の受容に近い。

しかしけっきょくのところ、その区別は重要だろうか。

「本」を楽しむときだって、紙の手触りや匂いなど、私たちは本の「モノ」としての側面を無視できない。電子書籍が普及した現代でも、やはり文庫本がいいという人がいるのも、本という「モノ」を所有している感覚が、物語の世界を「手に入れて」いることに通じるからだと思う。本は、「本」であると同時に「モノ」でもあるのだ。

 

私たちリベラルアーツ・コースの学びの要は「5つのリテラシー(読解力)」だ。文章を読み解く力だけでなく、モノの色や形などのビジュアルを見て味わう力、音や音楽を理解する力などなど。

ことばのリテラシーとビジュアルのリテラシーを融合させたメディアとして絵本があるとしたら、仕掛け絵本はまさに、「モノ」を見ることを最大限に楽しませてくれる「本」であり、極めてリテラシー横断的なメディアといえる。それを楽しむことを教えてくれた仕掛け絵本は、今や私にとって重要なアート形態だ。

 

もっとさまざまなリテラシーを磨いて、仕掛け絵本に限らず多くの楽しみを見つけたい。

そうやって、読むこと、見ること、聴くことを丁寧に味わえたら、リテラシーは、実用的な能力であると同時に、きっと豊かで贅沢な人生の入り口になると思う。