絵本とリテラシー1 「絵の中のいたずら」

早川知江

絵本が好きで、自分が担当している英語の授業でもよく教材として英語の絵本を使います。

 

もちろん、お勉強のためだけでなく、個人的な楽しみのためにも、よく読みます。よく読むといっても、たくさんの絵本を片端から読むというよりは、気に入ったものを何度も繰り返し読むのです。もう知っているお話でも、何度でも、それこそ1枚1枚の絵をじっくりと、はしからはしまで「観察」します。

 

そうしていると、絵の中に思わぬ「いたずら」のようなものを見つけることがあります。同じ部屋を描いた絵なのに、ページごとに壁に掛けられた絵が少しずつ変わっていくとか。置き物の人形なのに時々ポーズが違うとか。そういったいたずらを見つけては、「ふふ」とひとり笑いしてみるのも、絵本を読む楽しみの一つです。

 

絵本雑誌「こどものとも」の編集長として有名な松居直氏は、著書『絵本とは何か』(1973年、日本エディタースクール出版部)の中で、作者が仕掛けるこうしたいたずらを、作者から読者への「秘密のサイン」と呼んでいます。「読者が気づかなくともよい。しかし誰か気づくかもしれない。誰が気づくだろう。そんなことを考え、ひとりでにやにやしながら」作者はサインを送るのだといいます。

 

そして、この「秘密のサイン」は、誰にでも見えるものではないようです。同じ絵本を読んだ家族や友人に、「クマさんの部屋に掛かってる絵だけど、中の人が最後だけ手を振ってるの、見た?」などと言ってみても、たいてい怪訝な顔をされるだけです。ところが相手が小さな子どもだと、「見た見た」と身をのりだし、自分が発見した他のサインについても得意げに教えてくれたりします。

 

この違いは一体どこからくるのでしょうか。松居氏は以下のように述べて、こうしたサインを見つけるのは子どもの得意技だと説明しています。「大人はさほどこうした細部には留意しませんが、子どもは反対に、こうした細部の書きこみをすぐみつけます。このみつける力と眼が子どもの特色です。大人は絵本の画面を全体に大づかみにみます。観賞するといってもよいでしょう[中略]。ところが子どもは、部分を、細部をみます。すみからすみまでなめるようにみてゆきます。」

 

確かに、たいていの大人は絵本の絵を「観賞」し、その美しさやうまさを評価するのでしょう。しかし子どもにとって、絵本は外から観賞するためのものではありません。中に「出かけて」いくためのものです。絵の中の世界に行き、そこにあるものひとつひとつをじっくりと観察し、その世界で起ることを自分で体験します。だからこそ、大人の眼に見えない細かなものにまで目をとめるのでしょう。

 

こんなふうに、同じ絵でも、見えるものが人によって違うとは興味深いことです。私は、個人的に、こうした作者のいたずら、または秘密のサインを見つける力も、「絵本のリテラシー」のひとつだと思っています。リテラシーは、自然に身につくこともあれば、意識的に学んで身につけることもありますが、絵本に関しては、子どもの時にもっていた観察眼を、大人になると失ってしまう人が多いという奇妙な逆転現象が起きているようです。

 

いずれにせよ、絵本のいたずらを、子どもは楽しめるのに大人は気づきもしない、ということからも分かるように、ものごとを「楽しむ」には、ある程度そのことに関するリテラシーが必要だといえます。そんなふうに考え出すと、映画、スポーツ観戦、アート鑑賞、ファッション・・・身の回りのものには、みんなそれぞれに「楽しむためのリテラシー」があるのでしょうか。できればいろいろなリテラシーを身につけて、人生を楽しく豊かにしたいものですね。